バーン!机に叩き付けられた赤いハンドバックは、1回転して床に落ちました。
「どうして、車を3回ぶつけたくらいで、こんなものを受けないとならないの!」と、ハンドバックの持ち主が声を荒げます。
事故再発防止研修を受講される方が、自動車教習所に来られるやいなや、受付でハンドバックを叩き付けたのです。プロレスラーがリングに上がってすぐ、もらった花束をレフリーに叩きつけるように。
この方に同伴されて来所した、上司にあたる車両担当者様も困った顔をされています。わたしは、“高そうなハンドバックだな”と少し違ったことを思っていました。
いかにも、プライドの高そうな方です。このような研修を受講すること自体が恥ずかしかったのか、今にも踵を返して帰りそうな勢いです。
慌てた車両担当者様が、「社内のルールですから、仕方がないのです」となだめます。わたしは、「せっかくの機会ですから、受講してください」と続けました。
そんな丁寧な対応に少し落ち着きを取り戻したのか、受講者の方は帰ることをやめ、渋々ではありますが研修の教室へ入りました。
しかし、場の空気はピーンと張りつめています。わたしは、一つひとつ言葉を選びながら、ゆっくりと研修を進めていきました。
(野村幸一)