俺は俗物

 こんにちは、野村です。

 
 喫茶店で話していた友人が言いました。「俺は俗物やでぇ。」

 

 「お金のことが気になるしコスパなどとよく口にする。だから自分のこと俗物やと思っている。」と。

 

 辞書では、俗物とは世間的な名誉や利益などに心を奪われているつまらない人物とあります。

 

 あまりいいイメージではないのに自分は俗物だとサラリと言ってのける友人は正直です。

 

 友人は続けます。「でもそんな自分の俗物さが嫌だから、俗物さがでないように努めているんだ。」と。ウーンなるほど。

 

 ワタシの好きな野田秀樹さんの舞台の中でお気に入りのシーンがあります。仏師になりすました山賊が叫ぶこんな台詞です。

 

 アルバイトをしていた時の帰り道、画廊のショーウィンドウで俺は一枚の絵に出会った。それは自分が溶けていくほど美しかった。だのに思わず俺の目は値札の方へと走ってしまった。


 目が離せぬほど美しい絵があると知りながら、なぜ俺のマナコは250万円と書かれた値札の方に走り、もう一度ゼロの数まで数え、そのうえため息までもらしてしまうのか。

 

 1枚の絵に出会い偉大な絵描きになる人間もいれば、1枚の絵に出会い自分の俗物を知る男だっているんだ。 (贋作 桜の森の満開の下 から)

 

 友人も山賊も自分が俗物であるとの認識を持っています。正しい自己評価が出来ています。それはある意味素晴らしいことです。

 

 二人のように自分のつまらなさと向きあう勇気を持つことは、つまらさなや至らなさから脱却する道だと思います。それは仕事でも運転でもどんなことにも当てはまる気がします。

                                           (野村幸一)

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